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高松地方裁判所 昭和30年(行)2号 判決 1955年6月20日

原告 小谷冠桜

被告 香川県知事

訴訟代理人 越智伝 外三名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告香川県知事金子正則は、昭和二六年一一月一六日高松市天神前九九番地の一社会福祉法人建設会館(代表者理事山下好太郎)に対してなした公益質屋経営の認可および、旅館料理営業の許可を取消せ」との判決を求め、その請求の原因としてつぎのとおり陳述した。

「被告香川県知事金子正則は、昭和二六年一一月一六日請求の趣旨記載の建設会館(当時社団法人組織)に対し、公益質屋経営の認可、および、旅館営業の許可をなし、右建設会館は昭和二七年四月一六日被告知事を経て厚生大臣に対し、社会福祉法人認可申請をし、昭和二七年五月一七日厚生大臣よりその認可を受けた。しかし右建設会館の社会福祉法人認可申請書記載の基木資産金一六九五、六五〇円に対しては、すでに、昭和二六年九月二八日根抵当権設定により国民金融公庫より一〇〇〇、〇〇〇円の債務を負担し右基本資産としての実質を持たず、また、右申請の際申請書に添付されるべき資産の所属を証すべき書類が添付されておらず、社会福祉事業法施行規則第一条第五項に違反し、さらに、右建設会館は昭和二八年三月三〇日厚生大臣の認可を経ずして二〇〇、〇〇〇円を右基本資産を担保として借入れ、これは定款準則第一四条に違反し、これらによつてその基本資産の七割を失い社会福祉法人としての基礎を危くしている。右建設会館の定款によれば、第一種社会福祉事業として公益質屋、第二種事業として相談事業および斡施事業となつているが、右各事業は実際上行つておらず、右建設会館に許可された収益事業は物品販売であるのに許可外の旅館料理業を行つており、社会福祉事業法第五五条に違反するものである。また、右建設会館はその収益事業による収益をすべて同会館の資産に繰入れなければならないのに、昭和二七年一二月二七日、同二八年一二月二六日、同二九年四月二九日の三回に毎年二割計六割の配当をしている。

以上のように、右建設会館は社会福祉法人としての適正な資格を有しないから、同会館に対し被告知事がなした前記公益質屋経営の認可、および、旅館営業の許可は違法である。また、社会福祉法人に対する旅館営業許可に対しては、その定款を照合した後許否を決すべきであるのに、被告知事はこれをなさずに右建設会館に前記旅館営業の許可をしたのであるからこの点よりみても右許可は違法といわなければならない。しかして、右建設会館は海外引揚者の援護の目的として設立されたものであり、引揚者である原告は右建設会館の違法な存在、公益質屋経営、旅館営業を黙視することができないから、被告知事に対し、昭和二九年九月一三日右建設会館に対する公益質屋経営認可取消、および、旅館営業許可取消の訴願をしたが三ケ月を経てもなんらの裁決がないので、請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるため本訴におよんだのである。」

被告の本案前の抗弁に対し、「前記建設会館は海外引揚者の援護を目的として設立されたものであり、引揚者である原告は本件訴訟について法律上の利益を有するものである。また、本件訴訟は法の尊厳維持を目的とするもので民衆訴訟の一種であるから第三者といえども原告としての適格を持つものである。」と述べた。

被告知事指定代理人は、本案前の抗弁として、「およそ違法な行政処分の取消を求めるためには、取消を求める者の権利がその違法な行政処分によつて、侵害されたことを必要とするのであつて、原告にはこのような権利を侵害された事実のないことはその主張自体より明かであるから、原告の本訴請求は訴の利益を欠き不適法である」と述べ本案について、「原告の香川県知事に対する請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として「昭和二六年三月四日付社団法人建設会館の公益質屋開設申請に対し、被告知事が同年五月一一日付でその認可をした事実、昭和二七年四月一一日付で右社団法人建設会館が社会福祉事業法附則第一一、一二項の規定にもとづき社会福祉法人の組織変更認可申請書を被告知事を経由して厚生大臣に提出し同年五月一七日付をもつて厚生大臣が右組織変更を認可したこと、右認可申請書に社会福祉法人の基本財産が一六九五、六五〇円である旨の記載があつたこと、右財産に昭和二六年九月二八日付債権額一〇〇〇、〇〇〇円債権者国民金融公庫、連帯債務者社団法人建設会館外一〇名とする抵当権が設定されたことは認めるがその他の事実は争う。

被告知事は、右建設会館に昭和二六年一一月一六日付で食品衛生法第二一条の規定により同日より同二八年一一月一五日までの間飲食店営業の許可をし、さらに同二八年一一月一六日付をもつて同三〇年一月一五日までの間同様飲食店営業許可をしたことはあるが、原告主張のように旅館営業許可をした事実はない。また、右飲食店営業許可については、右建設会館より昭和三〇年二月一日付廃業届が提出され、同月四日被告知事はこれを受理し、訴の対象となる許可の行政処分は存在しない。」と陳述した。

理由

はたして原告が本件訴訟について原告としての適格を持つかどうかについて考える。行政処分の相手方以外の第三者が訴訟によつて行政処分の取消を求めるためには、第三者がその行政処分によつて特定の権利を害され、その求める判決によつて直接法律上の利益を受ける立場にある場合に限つて原告としての適格を持つものといわなければならない。また、いわゆる民衆訴訟として一般第三者にその訴訟の遂行を認めるには、特にその旨法律の規定のある場合に限られるのである。しかしながら、本件では、原告は単に引揚者というのみであつて、仮に原告主張のとおりであつてもこの事実だけでは海外引揚者の援護を目的として設立された社会福祉法人建設会館に対し、被告知事のなした公益質屋経営の認可、及び、旅館営業の許可の取消を求めるについて事実上の利害関係の点は格別その行政処分によつて原告の権利が侵害されたという事実があるわけでないので、原告には本訴につき法律上の利益があるということができない。

そして他にその利益があると認められる事実も見出すことができないし、いわゆる民衆訴訟として一般的に第三者に当事者適格を認めその訴訟を許容する旨の法律上の規定も存在しない。右のとおりであるから、原告の主張自体について理由があるかどうかについて判断をするまでもなく、原告には本件訴訟について原告としての適格を持たないから、原告の本件訴は不適法として却下すべきものであり、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 横江文幹 秋山正雄 大久保敏雄)

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